スタジオ宙

2021年5月の記事

京都寺町「月雫」のものがたり

— Story of Moon Shadow House —

この住宅は大正時代時代に建てられた町家です。ワインが趣味の建主が、友人を招いて楽しむ別荘として改装することになりました。度重なる増改築によって建設当初の趣が失われている部分もありましたが、玄関庭、中庭、奥庭という、3つの庭が室内と絡み合う空間構成が大変魅力的で、調査のために何度か現場に通ううちにすっかりこの建物の虜になってしまいました。

改装設計を進めるにあたり建物の歴史を調べるうちに、この土地が古くは平安貴族藤原道長の居宅跡の一角だということがわかり、(近くに道長の娘の家庭教師であった紫式部の居宅跡の廬山寺があります。)また、この建物が建てられた大正時代には北大路魯山人のパトロンとも言われた内貴清兵衛の所有地で、その後、西洋画家の高林和作の居宅兼アトリエになったことがわかりました。

ヤフオクで高林和作を見つけて作品集を買い求めると、そこには玄関で展覧会をしている写真がありました。(興味が深まり、設計と並行してこの家を題材に近代和風住宅と京町家の関連性に関する研究も行いました。今春、私の研究室の学生の修士論文としてまとめ、今度建築学会で発表します。)

100年以上の年月が経った古家は老朽化が進んでいました。改装にあたって土葺きの瓦屋根から乾式に替え、柱の接木をしたり梁材の入れ替えをして構造補強を行い、また、傷んだ左官壁は荒壁まで落として深草の中塗土仕上げとし、古い建具は補修しながら再生し、可能な限り建物の記憶を残すデザインにこだわりました。また手刷りの京唐紙の襖、石垣ばりの障子、燻し銀の敷瓦など、伝統的な工法や材料を多用しました。

座敷などのハレの部分は最小限のデザインで場に新しい風を取り入れる試みをし、ケに当たる部分は大胆に新しい空間を提案しました。
新築の設計プロセスとは全く違い、現場で解体が進むにつれて現れる問題点を現場で大工や職人と打ち合わせを重ねて解決し、造りながら図面を描き、考えながら造っていくという贅沢な設計の時間を過ごしました。今ここに無事竣工を迎え、感無量です。

設計にあたっては建物の中にいくつかのストーリーを埋め込みました。庭は、現代の玄関庭から思い出の中庭、そして古代の奥庭へと時の流れを意識した構成となっています。また、前の住み手である高林和作の絵画の特徴である深いブルーを内装に使ったり、藤原道長の有名な和歌の「望月」から着想を得て、家の方々に月のかけらを散りばめたりもしました。

投稿者:Yumi Kori |  建物の完成 Project Completion |  記事本文